2011年09月17日

天河神社

8月の奈良話の続きです^^

天河神社(天河大辨財天社)の祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)です。

天河神社の拝殿に行くと、神楽殿の前に人が座っていました。境内の裏?まで行って戻って来ると(折りたたみ)椅子が空いていたので、皆の真似をして座ってみました^^
入れ替わり立ち替わり沢山の人が手を合わせに来るのには(場所柄)驚きましたが、沢山の人の鈴の慣らし方を見て、五十鈴の慣らし方を覚えました(*^^)v
紐で円を描くように勢いよくブンブン回すと、コロコロコロ〜♪と鈴の音がします。ゴンゴンという鈴同士の表面がぶつかる音もしますけど(^_^;)
鈴の音色が円を描きながら降りて来て、その波動に包まれるような感じでした^^

ずっと座っていると、そのうち巫女さん?達による掃除片付けが始まり、玉砂利を均す際に拝殿前から出る必要があったので、その間に摂社?を回ると、拍手の音が今までと違っている事に気付きました。終わった後に神楽殿の前に椅子を出し(←均し終えたらまた椅子を出して座っていても良いですよ^^ と聞いていたので)一日の店仕舞いを終えた拝殿を眺めていました。昼間は、お神酒等がその前に置かれていたために気付かなかったのですが、拝殿(階段の上)には大きな鏡がありました。

時折その鏡を眺めながら、ボーっとしていると、
5年前(2006年の春)に来た時には鈴も鳴らせず、薄暗くて寒い拝殿だな…と思った事を思い出しました。振り返ってみれば、あの頃から “ 手放し ” が始まっていたんだな…と思いました。

その後、天河神社の先にある天の川温泉へ行ってから宿へ向かいました。
歩いている時、ふと、“得する事を良い事” とし、“損する事を悪い事” として、得する事(=良い事)を望んでいるように思っているけど、本当は、損する事(=悪い事)を恐れて、その恐れに執着していたのかな…。と思いました。

“ 私と思うもの ” には損に見えても、もっと大きな視点で見れば、目先の損は、

その先の “ 喜び ” に繋がっている、“ 必要な過程 ”

かもしれないのにね…。

翌日の早朝、天河神社へ行き、座っていると、6:30頃から朝拝が始まりました。
朝拝等が終わって拝殿から人が去ってから…

拝殿に朝日が差し込んできました☆

朝日に輝く☆拝殿はキレイで、うっとり♪眺めていました^^

そのままそこに居たい気持ちを抑えつつ、最後にもう一度鈴を鳴らし、二礼し、柏手を打つと、拍手は本来、こういう音だったんだな…と思いながら手を合わせ、一礼して神社を後にしました。

つづく
posted by masam♪ at 13:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 参詣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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